東京の営業部隊に求められるのは「企画力」

— 丸和ニットは東京と大阪に営業所がありますが、それぞれの今後の役割をどのように考えていらっしゃいますか

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辻武志(以下、武志)
僕が入社した頃は、全く同じ生地を東京と大阪に売りに行っていただけやったんですよ。お客さんのいる場所で営業拠点を分けていたというか。いま大阪は従来通りの営業が中心ですが、東京の役割はだいぶ変化してきて、優れた生地を使った企画力が求められています。4年前に製品部隊を設立し、うちの生地から製品を作るという大前提のなかで生まれたのがBEBRAINというブランドです。独自のバランサーキュラーという生地に、ステッチシーマの縫製で縫い代がないのが特徴ですが、これを今後どう売り出していくか検討しています。

ネット社会になって、若い人からお年寄りまで、みんながスマホでショッピングしていますよね。もはやパソコンもいらないような時代です。すべてがネットショッピングになるなかで、商品自体の差別化はすごくしづらくなっています。僕らから見てもね、どこで買っても同じじゃないかと。だからこそ、本当にいいものであることの説明が必要で、それが我々がする仕事だと思いますね。BEBRAINというブランドってええんやと思ってくれるひとを、どれだけ増やすか。素材はもちろん、着やすさとか、デザインとか、国産であることとか、縫製とか、いい部分はたくさんあります。こんなの今まで着たことないなと思ってもらったらこっちのもんやと思うんですね。それがこれからの東京事務所のあるべき姿やと、僕としては強く思うんで。これがこけて、今まで通り生地を売るんであれば、東京に駐在までして生地を売る必要はもうない。東京営業所は、新しいものを前に出して、丸和ニットの生地の評価をどんどん上げて、消費者に伝えるのが役目だと思っています。

主力がなく、苦しかった10年前

— お二人が入社された頃の丸和ニットはどんな様子でしたか。

武志)
僕が入社したのは約10年前ですが、当時と今では会社の形態がだいぶ変わりました。

当時も色々な素材をやってましたが、その中でも「アクリル」が特に強かったんです。
ただ僕が入社した時は、アクリルも年々減っていってる状態だったので、実際にアクリルの全盛期には立ち会えなかったのですが
糸も自社でオリジナルのものを多く作り、機械も他社を寄せ付けないように改造機がほとんどでした。(自社で改造)
また後加工も当時の生地を見ていると、アクリルの起毛に至っては、昔の方が技術があるように思えます。そういったものも当時は加工場さんとの一緒に新しいものを作る意欲が双方にあったからだと思います。

ただアクリルが海外、主に中国に値段競争でどんどん持って行かれ丸和として、アクリルに代わるものがその当時はなかったように思えますね。なので、入社した時のイメージはお客さんに言われたもの(賃加工)が多く、「機械を回せれば」という考えにならざるを得ない状態だったと思う。そうなってしまうと当然業績も下がっていきます。当時3工場あったのですが不況にあおられ1工場に縮小しました。落ち込みが続くと、人間元気がなくなるもので、当時の丸和は活気があまりなかったですね。

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辻雄策(以下、雄策)
とにかく歯がゆい状態でした。展示会に生地を持って行ったらけちょんけちょんに言われて、違うものを持って行きたくても違う生地がない。世の中で営業といえばまず売りたい商品があって、それをいかに売るかを考えますが、僕らは売りたいけれど武器がない状態だった。生地の種類を増やすのに時間がかかりました。でも、真剣にやっていたら周りの人が目を向けてくれて、外注先を紹介してくれたりするんですよね。それでどんどん作れるものの幅が広がっていきました。最初は工場でも色々と反発がありましたよ。でも今となってはみんな当たり前のように新しい生地を編んでいるから、誰かが突破して壁を突き破れば道がひらけるんだなと。

こだわった生地は、大事な息子みたいなもの

— 今回丸和ニットから製品を作ろうとする取り組みは、東京営業所が中心になっていますね。

雄策)
製品を作りたいという気持ちはすごくわかります。実は僕ファッションに疎かったんで、最初は生地のことが分からなかったんですけど、やっているうちにだんだん楽しくなってきたんですよ。お客さんの要望に近いものができて上手くはまったときは、ものすごく嬉しくて。ものをつくっていてよかったなぁと。ただ、服になった商品を見たときに、不本意な使われ方をしていることも、正直あります。その生地をどう使ったら良いのかは、生地を作っている人間が一番分かっています。料理も同じですよね。どんなふうに、どんなタイミングで食べて欲しいかがある。バランサーキュラーをはじめとして自分たちが一番特性を知っている生地を、自分たちの手でユーザーに届けて使ってもらうのは、僕らの感度を上げていく意味でも大事やと思います。本当に服が好きなひとは生地までみると思うんです。だから生地が良くて、縫製も良くて、それが一番生かされるデザインをして初めて、「SALEまで待って買おう」といういまの流れに勝てる。

武志)
SALEで買うという傾向は、商談にも影響しているんですよ。70%引きにしても利益が取れるようにあらかじめ設定しておく。でもそんなんはこの先いつまでも通用しないと思いますね。結局値段を落とした中途半端なものばっかりになってしまうから。そんなものに愛着は持てないし。いい生地をちゃんと最後まで製品に仕上げてお客さんに売る方が、生地も嬉しいですしね。ちょっと気持ち悪いけど、生地はほんと息子みたいな感じなんですよ。苦労して作って、売れなかったら悲しいし。変な使われ方したらもっと嫌やし。ぱくられるのは、売れているとうことだから、いいんですけど。

— 工場を見学させていただいて、バランサーキュラーの縦糸1920本、すべて1本ずつ通しているという話が衝撃的でした。

雄策)
ものを作るというのは、デザインも大事ですけど、炎天下のなかで糸の箱を運ぶところからやっているわけですよ。どんな人が携わって服が作られて、お客さんの手元に届いているのか、そのストーリーも伝えたいですね。工業といいながら、ほとんど人が動いているので。全自動化できないですし。でも逆にそこに強みがあると思っています。

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和歌山はニットの一大産地

— いま「Made in Japan」がブームですが、どう思われますか

武志)
丸和ニットで作る生地は、先代の先輩方から培ってきたものをうまく継承しそこに自分の味をつけていってますので中々他社では真似のできない物づくりができていると思うんです。今後「Made in Japan」がより一層加速していくと思いますが、「Made in Japan」いや「Made in Wakayama」の技術の凄さを世界に見せたいですね。その為にも今後,より一層の現場と営業の団結力、自信を持つこと新しい物づくりに対する意欲が必要になってきます。4年後には東京オリンピックもありますし、いい流れに乗れるように準備はしておきたいですね。

雄策)
僕も武志も和歌山生まれですが、和歌山ってラーメンとか梅干しくらいしかイメージを持たれていないんです。ニットの一大産地だっていうことは、和歌山県民ですらあまり知らない。大阪のお膝元で下請けだった歴史が強いせいか、自分たちの商品を売るのが下手なんですね。たとえば京都の名産の「ちりめん山椒」は、ちりめんじゃこも山椒も醤油も、和歌山発祥。さらに言えば、ちりめんじゃこは和歌山が収穫量日本一、山椒も和歌山が日本一です。でも売られるときは京都の商品として売られている。ニットに関してはもっと知られていないので、和歌山でニットを作っていることを世の中にもっと知ってほしいというのもあります。

「丸和」=日の「丸」+「和」歌山

武志)
「丸和」ってすごい良い名前だと思うんですよね。日の丸に和歌山の和ですから。なるべくしてなったみたいな名前です。とにかくもっと、和歌山のブランドとしての丸和ニットを広めたいです。今関わってくれている人みんなが、丸和の生地を良いと思って集まってくれているのは大きな魅力ですね。商売っ気だけの人間の集まりやったら、そこまで思いが相手に伝わらないと思うんですよね。それは嬉しく受け止めて、どんどん前に行きたいと思います。丸和ニットは「バランサーキュラーのところやな」「バランサーキュラーしかないんやな」と思われることもありますが、「バランサーキュラーもある」というだけなんですよ。バランサーキュラーで興味をもってもらえたら、他の生地も提案できるんです。バランサーキュラーの生地に対する信頼があるから、他の生地も良いだろうと思ってもらえる。それだけバランサーキュラーは影響力があるので、ほかのことにも生かしていきたい。大阪の部隊もそうやし、東京の部隊もそうやけど、その辺が下手ですよね。いまだにね。

雄策)
これだけ自社に武器をもっておきながらな。

武志) 強い武器があるという自信は持っていいと思うんですよ。生地に対する自信です。良いものを作っているんだと。全員が全員、自信を持っていける会社になっていきたいです。

若い力がこれからの丸和ニットを支えていく

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雄策)
ここ5年で、10~20代の若者が急激に増えたんですよ。やっぱり若い力というのは見えへんところで勢いがつくので、若い力がこれからの丸和ニットのひとつのキーワードになってくると思います。今時の若い人といったら怒られますけど、人と話すことが少なくて、携帯電話を持っているけど電話したことない子とかいるんですよ。そういう人が社会に出て仕事するようになって、誰とも喋れへんとなったら息がつまるじゃないですか。行ってもおじちゃんおばちゃんばっかりやし。気も遣うし。その辺りを考えて、なるべく同じ世代同士でも話ができるように、同じ年に4人とか一気に採用しています。今はまだ仕事を覚えていっている最中なんで、戦力になるのはもうすこし先ですが、5年後10年後を楽しみにしています。

雄策)
僕も武志より入社が3年はやくて、その間は歯がゆい思いをずっとしていました。精神的にものすごい悩んでたんですよ。武志が入社するとき、社長から長文のメールが届いたと聞きました。うちに入るということは覚悟しないといかんよと。安直に親族だから入社しようかなと思うのは、大間違いやぞと。でも僕としては、彼が入ってきてから気持ちが楽になったんですね。後輩なのに、ひっぱってもらったというかね。逆に見習わないといけないことともたくさんあるし。おいおい待てよと思うこともありますけどね。だから、若い子が各部署におれば、悩みも言えるし刺激もあっていいんじゃないかなと。ありがたいことに、後継者がいなくて事業承継できないと困っているところが多い中で、募集をかけると結構若い子がきてくれるんです。おっちゃんばっかりの現場で、大人しい子だったりするけど、どう楽しいかって聞いたら、楽しいって。

武志)
みんな面倒見もいいしね。教える立場になる先輩も、頑張るようになりますね。やっぱりいい姿を見せたくなるし。僕も7〜8年くらいずっと下っ端だったあとに後輩が入ってきたときは、いろいろ面倒をみてかわいがったつもりです。そういう意味で、会社全体として各部署に若手がいるのは、ものすごくいいことだと思いますね。

雄策)
ものづくりを続けていく上で、機械を回せる人間がいないと技術はどんどん落ちていきます。承継できないところはそうなっていっているわけです。そうはなりたくない。一時期は高齢の方が多かったんですが、割と若返りましたね。若返りすぎて大丈夫かなとちょっと思ったりもしますが。

BEBRAINは、「生地を作っている実感」の手がかり

武志)
生地を作っているという実感を現場の人にも持ってほしいいなと思っています。できあがった商品が丸和ニットのブランドではないと、最終的にどうなるのかわからないのも当然なんですが。ただ、いま編んでるやつがどこでどうなっているかが分かったほうが、楽しいと思うんですよ。ただ言われた糸を編んでいたら、面白くないですよね。そういう意味で、BEBRAINがどういう風にでき上がっていくかHPで説明するのは、社外に向けてだけではなく、社内にとっても意味があります。それがモチベーションを高くすることにつながるし、会社全体を回していくうえで絶対大事なことやと。今日写真を撮っていたときも(注.本記事のための工場内の撮影)、なんやかんやとみんな言っていたけど、実際HPができたらみんな絶対見るんですよ。

自分たちが丸和ニットにいる意味

— これからの丸和ニットを引っ張っていくお2人ですが、意気込みを教えていただけますか。

雄策)
僕は総務が心配だったんで、営業から異動させてもらいました。営業をしていた頃は会社の経営のことが分からず、社長の父親がいま倒れたら明日誰がわかるんやと、それが毎日怖かったんです。異動が決まったあと、半年くらい武志と一緒に引き継ぎの営業に回りましたが、あれが一番楽しかったですね。武志は細かいことばっかり言われて嫌やったと思いますけど。自分の仕事を人に見てもらうというのは、すごい恥ずかしい。でも文句言いながら一生懸命やってくれて、いまだに僕のやりかたでやっているところもあったりして。

彼に負けると思ったのは、相手の懐に突っ込んでいく力ですね。僕は、がむしゃらにやったり細かい計算は割と得意なんですけど、そういう勢いには欠けている気がしていて、武志を見ていると頼もしいんです。その攻めの姿勢を支えながら、僕はディフェンスで会社を守っていきたい。若い子に対しては、楽しくなってしまって遊び半分にならないように、でもものづくりや仕事も楽しんでほしいし、飲み会もいってほしい。それで将来的にものづくりをつづけていけることが、僕の理想です。

武志)
雄策が営業から総務にいくときに、実はね、僕も一回ちょっと手を上げたんですよ。そしたら総務から大ブッシングですわ。計算は得意やったんですよ。数学はね。でもみんなに、もう絶対無理無理と…

雄策)
それ武志に言いやすいからや。俺にやったら言いにくい

武志)
みんなからそう言われたから、もうできないじゃないですか。営業が好きとは思ったことがなくて、知らん人と初めて喋るのはそんな得意じゃないんですよ。人見知りもするし。でも新しい人と喋るのは好きではあるんです。だから最初は、とにかく壁を作らないように無理やり向き合う感じですね。でも最近は、ものを作るのが好きというのと、人と話すのが好きという2つで、もしかして営業が好きなのかな思うようになりました。面白いと思える理由のもう1つは、東京で新しい企画を考えるようになったからですね。今回のBEBRAINとか、みんなの気持ちがひとつになって取り組めています。僕としては、営業の最前線である東京をしっかり確立させるのがまず目標ですね。そうでないと、和歌山もいつまでも苦しい仕事を受けなあかんかったり、とりあえず機械を回さないといかんかったり、いらん仕事もとってこないといけなかったりする。和歌山にも新しいことにチャレンジをする時間が持てるように、まずは東京と。これがあかんかったら僕自身が丸和ニットにいる意味がないんで。